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深い河

「さてっと、何を言えば良いのかは分からないけれど、きっと君たちはこれを読んでキリスト教の見方が変わるはずだ」
と遠藤周作が言っている様な物語でした。
これは日本に長年住んでいる人が、海外に出て日本を見つめなおしたときに、何を思うか、に似ている気がします。

バイリンガルは沢山いるが、同時に二つの宗教を信じているものはいない。

これは何回も聞いて事のある、当たり前じゃないか、と言いたくなる言葉ですが、これについては、そうなんですか、と言うしかありません。
なぜなら、日本人は約1億人居るにも関わらず、政府が認可している宗教加盟者数は約2億人だと言うからです。
つまり、同時に2つの宗教を信じているものだらけ、と言う事になります。実際に居るじゃないですか、と言いたくなってしまう。3つも、4つも宗教を信じている人もいるでしょう。

日本は宗教の自由があり、刑法や民法に触れない程度、と言うよりは常識の範囲内で宗教活動をすれば問題は無い、と言う法を持っています。
しかし、問題ないのはその周りの環境だけで、問題なのは同時に2つの宗教をもった人間ではないかと思います。私個人の意見では、別にその人が信じていれば良いんじゃないのかな、でも、
やはり生活をしていく上で、その2つの宗教の教えには矛盾が付き物です、しかし、それを信じる物たちが苦しまなければ、いくらでも信じて良いと思います。それでもやはり疑問や苦難はぬぐいきれません。
人間の矛盾や誘惑、それを緩和するためのものなのに、逆に増長してしまっている日本人はよくわかりませんよね、
でも、事実にそってそれを反論するには、日本は他宗教であること、それに仏教の歴史が昔からあることが関係しているのではないかと思います。

仏陀は大好きです、彼の出生や悟りを開いた過程、それに様々な弟子に名言は、いつ聞いても良いものですよね。よく手塚治虫が仏陀や火の鳥を書いたように、仏陀はそれほど魅力のある人物だったのです。

深い河は、洗練された文章と構成で成り立っています。
逆に言うならば、それほど完成された文章なので、読んでてもあまり面白くなく、それでいてスラスラと読めてしう、なぜか興味を持ってしまう、でも印象や若さは初期のころの物語と比べたら、どうでしょう。私なら初期のころのおどろおどろしい人生の諦めや、女性のひたむきな誠実さが描かれている作品の方が好きだなぁ。
煙草で例えると、初期はゴールデンバットで、後期はパーラメント。
音楽で例えると、初期はジミヘンドリックスで、後期はエルヴィスコステロ

これを読んだ皆が一番気になることは、登場人物である女性の本当に愛し、求めた人物は誰なのか?ではないでしょうか?
彼女は最終的に誰を好きになったのかなぁ、神を第一に信じた彼なのか、それとも他のものだったのか、何が彼女を動かしたのか分かりませんが、本物を探しにインドまで行ってしまって。

それにこれは私の推測ですが、こんな女性は今の時代にはありえない、有り得たのは周作氏の心の中だけであって、これは大きなフィクションです。
そんなに女性が悩み苦しんで、自分をただの1体とかんがえて行動するなんてのは、彼女は今までの彼の作品の中の女性とは大きく異なっています。どの物語にも、彼の作品の中の女性は、ひたむきさと最終的に男に棄てられるであろう悲しみ、それに一直線になにかを追いかけた元気良さを持っていますから。
なぜこの女性は登場したのか?
それは最後の最後で、彼が今までの生涯をかけた告白に出たからでしょう。ミステリー、ホラー、エッセーと様々手がけた彼に残されたことは、再び自分に戻って、自分を見返して、それを物語を通して再確認しようとするものではないでしょうか。
つまり、彼の作品の中にずっと隠れてきた、キリスト教徒でありながらの日本人という矛盾に、終止符を打つために、この女性に乗せて、それを見つけ出そうと長い旅に出たのです。まずは欲望と形式だらけの日本人の女性を演じた後に、必死で自分の中に正しいものを見つけ出そうとしました、その中で自分の中の確固としたものは、この物語に出てくる男、神父になろうと努力したにも関わらず、そこの教派と合わずにインドへ行った者のが探している所に見られます。そして、最後に彼女は何か分かり、感じたのでしょう。
彼の死で幕を閉じるこの物語の中には、少々推理的なものが含まれていて、彼女は最終的に何を思ったのかを探り当てるところに深い河の素晴らしさがあります。

そこで推察をしますが、

遠藤周作はキリスト教徒だったにも関わらず、自分が日本人であることに矛盾を感じていた、

なんてことは真っ赤なウソであって、彼が矛盾に感じていたのはキリスト教と言う大きな宗教です。
それも限定して言えば、真っ赤なローブを着飾っている法王が佇む所の、昔からあるキリスト教であって、彼自身聖書は読んでいて、それでも納得できないところがあったのでしょう、それを自分の外に出したところ、あっけなく裏切られて、自分の中で解決するしか手段が無いことに気づきます。
その後、彼はどんな所にも愛を見つけ出したのです。そして、何事も何者も受け入れてみなければ彼の中で始まりは来なく、それでも納得のいかない部分はあるでしょうから、そこを小説と言う手を使って解決しようと試みたのです。

ウディアレン著のミスタービッグに面白い事が書いてあります、
これはローマ法王と主人公が出会った時の会話ですが、

「勿論、主は存在される、だが主と会話出来るのは私だけなのだ。主は私を通してしか、お話されない」
「なぜ、あんただけが」
「赤い服があるからさ」
「そのオベベ?」
「そう馬鹿にするものではないぞ、毎朝目覚めると、わしはこの赤い服を着る。とたんに、わたしはビッグボスだ。秘密はこの服にある。真実に直面することだな、もしわしがスラックスとスポーツジャケットで出歩いてみろ、信者は誰もふりむいてくれんだろう?」
「ではペテンだ、神は存在しないんだ」
「それはわからん、しかし、だからといって、どこに違いがある?結構な金になるしな」
「クリーニング屋がヘマをして、その赤服が間に合わなかったらどうする?そこらの連中と同じだろう?」
即日スピード仕上げさ。2,3セント高くはなるが」

なんてこったい、ウディアレンがこんな事を書くのは、彼は本当に面白い事を書く。
アメリカンジョークの様でも、言っていることは興味深い、
真実はいつもジョークに隠されていて、ジョークは真実を隠すために存在している。
ならば真実を吹聴しているものたちは、そりゃ偽善と言われるものかもしれませんね、しかし、それならば
真実を吹聴しているものたちは、偽善というジョークによって踊らされている気がします。
何度剥いても真実なんてものは目を出さない、まるで玉ねぎの様な存在ですよね、
それならば、やはり自分の中を旅するしか、人々に残されたことはないのです。きっと誰もが目をそむけてしまう。
中途半端が好きな人間は、いつまでたっても成長しないですから。
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前後の穴にザーメ○ン出してきた(笑)(騎乗位マイライフ 2009-12-28 04:25)

騎乗位で動いてもらって中○出しやりまくってきた(笑) 乳ビンタしたら腰振りが倍速になってめちゃくちゃ興奮した(爆笑) それで42まんくれたし(笑)

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